手術しました。その2

3分間のオアシスと砂漠を繰り返しているうちに体力を消耗した僕は半ば気を失いつつあった。気づけば看護師さんが「1時間経ちました」と報告してくれる。あと3時間!無理!と思いつつ、意識は朦朧。つぎに意識がはっきりしたとき、「先生が全部で3時間でいいと言ってましたよ。あと1時間半です」と看護師さんが言う。あと1時間半なら耐えられるかも!

と次の意識再生のタイミングでは、「点滴以外もう器具を全部外しますね」と主治医の先生の判断か、いきなりベッド監禁解放のお知らせ。しかし、立とうとしてもまったく立てない。そして体を起こすとやってくる猛烈な吐き気。そして鼻から落ちて胃の中でどろどろになった血をドバッと吐き出す。これはダメだ。さらには鼻につめた綿球が真っ赤に染まって行くのを見て看護師さんが「鼻血が出てますよ!」と教えてくれるが、そこでいきなり綿球の取り出しも自分でやれと言う。ふらふらの頭で綿球を鼻の穴からがんばってほじくり出すと、見たこともないくらい鮮やかな赤い血。プシャーっと音を立てて血が綿球を染めているかのようだった。

さらに最初に吐いた血がベッドのシーツを汚していたらしく、看護師さんがシーツを替えるから窓際の椅子まで歩けますかという。踏ん張って立ってみるが、立てない。この看護師さん、おれの窮状をまるで無視している。手術台で脱いだスリッパが丁寧に袋詰めになって病室に戻されていたのだけど、僕のスリッパがジェラートピケなのを知って、「ジェラートピケのスリッパかわいいですね!」と言ったが、まったくリアクションできなかった。「妻からのプレゼントです」と言おうとしたが、その言葉は吐き気で胃の中に押し戻されてしまった。

看護師さんはビニール袋に水を含ませたガーゼを大量に置いていき退室。意識朦朧、吐き気100パーセント、水を口に含ませるために起き上がるたびにゲーゲーと吐いた。昨日の大部屋から個室に移ってまじで正解だった。大部屋でこんなにゲーゲーやっていたら同室の人が可哀想だ。そして僕も気を使ってしまい派手にゲーゲーできなかったかもしれない。いや、気なんて使えないくらい辛かったので結局はゲーゲーやっていただろう。

 

このゲーゲーは結局深夜2時まで続いた。手術が終わったのが多分昼の13時くらいなのでほぼ12時間の地獄を味わった。そして深夜に訪れる孤独な眠れませんコール。看護師さんはあらかじめ用意されていた睡眠導入剤を点滴で入れてくれたがまったく眠れない。もう一度薬を入れてもらうがまたしても眠れず。さらにお願いをすると「規定量に達したので我慢してください」と言われた。

たまにやってくる尿意。尿瓶に入れる10mlのおしっこ。そしてカテーテルを抜いたあとがやたらに痛い。まっくらな病室。たまにやってくる看護師のライト。僕はベッドに張り付いたまま、寝返りを打つ。パジャマがからみつく。シーツがずれる。5分ごとに喉が張り付くように乾き、5分ごとに体を起こし少量の水を口に含ませる。腹筋が崩壊しそうだった。5分ごとに弱り切った体を起こす腹筋トレーニングを強制されているみたい。真夜中の4時を過ぎるころ僕は気を失うように少しだけ眠った。

 

翌朝、僕は完全に衰弱していた。そんな完全衰弱の僕の目の前に運ばれる病院食。あれ、術後最初のご飯はおかゆって書いてあったのに、なぜふつうのごはん?箸でつんつんごはんをつついて口に3粒だけ運んでみたが、のどを通らない。焼いたシャケも出てきたが、つんつんつついて終わった。まったく食べれず点滴を入れることに。

拷問はつづく。点滴を入れたまま横になっていると、鼻に入れたガーゼを抜くので外来に行けという。へ?ガーゼは病室で抜くとばかり思っていたが、言われたまま憐れなよれよれTシャツと半パンという姿で点滴ぶら下げながらよろよろと外来へ向かう。外来は盛況で座る場所さえない。点滴ぶら下げてよろよろの僕に席を譲ってくれる人はいなかったけれど、幸いすぐに呼ばれて左鼻の先っぽに詰められた1枚目のガーゼを抜いてもらった。明日残りのガーゼを抜くらしい。ネット上で噂になっている失神級のガーゼ抜き。僕はふらふらのまま病室へ戻り、体力を回復するためにベッドに横になり、15分ごとにふが!と目を覚まして水を飲みつつ、また眠るを繰り返し、夜を迎えた。

 

日中あれだけ寝ていたので眠れるか不安だったけど、今日は睡眠導入剤がうまく効いたみたいだった。イヤホンで聴いていたバンモリソンの歌が聞こえるのではなく、自分の体から出て行くという不思議な体験をしながら何時間も眠り、やはり1時間ごとにふが!と目を覚ましはしたが(鼻の奥にガーゼ、鼻の穴に綿球で綿栓してるので)、そんな調子で朝まで眠った。

 

つづく。